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南沙諸島(スプラトリー諸島)

Jul 30th, '11, 23:33

南沙諸島(スプラトリー諸島)


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大粵民國對東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島嘅主權聲明同行政隸屬公告

topic-t2259.html

大粵民國臨時政府對東沙群島嘅主權聲明!

topic-t1414.html

大粵民國臨時政府對西沙群島同中沙群島嘅主權聲明!

topic-t1415.html

大粵民國臨時政府對南沙群島嘅主權聲明!

topic-t2262.html

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地理
場所 南シナ海
座標 北緯8度38分 東経111度55分 / 北緯8.633度 東経111.917度 座標: 北緯8度38分 東経111度55分 / 北緯8.633度 東経111.917度 (南威島)
島数 750 以上
主要な島 太平島
鴻庥島
北子島
景宏島
南子島
南威島
弾丸礁
中業島
西月島
面積 5km2 (1.9 sq mi) 以下
海岸線長 926 km
最高標高 4メートル (13 ft)
最高峰 南子島

ブルネイ
マレーシア
州 サバ州
フィリピン
州 パラワン州
中華人民共和国
省 海南省
中華民国
直轄市 高雄市
ベトナム
省 カインホア省
住民
人口 原住民なし
南沙諸島
中国語
繁体字 南沙群島
簡体字 南沙群岛
[表示]発音記号
英語
英語: Spratly Islands
フィリピン語
タガログ語 Kapuluan ng Kalayaan
マレー語
マレー語 Kepulauan Spratly
ベトナム語
クオック・グー Quần Đảo Trường Sa
チュニョ 群島長沙
南沙諸島(なんさしょとう)、スプラトリー諸島(Spratly Islands)とは、南シナ海に浮かぶ約100の小さな島々。諸島全体は大変小さな島々で構成され、互いの距離は十数キロメートルから数十キロメートル程度で位置している。

一般の人が普通に居住できる環境ではなく、島そのものにはほとんど価値が無いが、海洋・海底資源が見込める。そのためベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、中華民国(台湾)、中華人民共和国が領有権を主張している。現在、島を実効支配しているのは中華民国(台湾)、中華人民共和国、フィリピン、ベトナム、マレーシアである。

目次

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1 歴史
2 主な島など
3 脚注
4 関連項目
5 参考文献
6 外部リンク
歴史 [編集]

インドシナ半島を植民地としていたフランスが1930年からいくつかの島々を実効支配していたが、1938年に日本が領有を宣言し、新南群島と命名。以降太平洋戦争終結まで支配していた[1]。

1951年のサンフランシスコ講和条約で領有権を放棄するまで、行政区分は昭和13年12月23日外甲第116号閣議決定により台湾の高雄市の一部としていた。リン鉱石の採取が主な産業で従事者が住んでいたが戦火の拡大により撤退した。

しかし、帰属先を明確にしなかったためにその後1949年にフィリピンが領有を宣言し1956年以降は南ベトナムがたびたび上陸。南ベトナム政府が1973年9月に同国フォクトイ省への編入を宣言したことに対し、中華人民共和国も翌年1月に抗議声明を出して領有権主張を本格化させていった。

1970年代後半に海底油田の存在が確認され、広大な排他的経済水域内の海底資源や漁業権の獲得のため、各国が相次いで領有を宣言している。また広大な地域に広がる島々は軍事的にも価値がある。中華人民共和国を含めたASEANでの会議で軍事介入はせず現状維持の取り決めが結ばれたが最近中華人民共和国の人民解放軍が建物を勝手に建設しマレーシアなどから非難を浴びている。

1983年にはドイツ人のアマチュア無線家のグループがキャンプを張っての移動運用(DXペディション)を試み、ベトナム軍の守備隊に銃撃されて死傷者が出る騒ぎになった。

1988年3月南沙諸島における領有権をめぐり中華人民共和国とベトナム両海軍が衝突(赤瓜礁海戦)し、中華人民共和国が勝利支配する。

1992年11月スービック海軍基地とクラーク空軍基地を返還し全ての米軍がフィリピンから撤退。

1995年、中華人民共和国軍の活動が活発化し、ミスチーフ礁等フィリピン主張の島を占領して建造物を構築した。この機会主義的行動が周辺諸国に中国の軍事的膨張に対する警戒心を呼び起こしたとされる。

2004年9月に、フィリピンと中華人民共和国が海底資源の共同探査で2国間合意成立。

2005年3月には、フィリピンと中華人民共和国の2ヶ国に続きベトナムも加わり、探査が行われている。

2007年11月、中華人民共和国の中国人民解放軍が西沙諸島の海域で軍事演習を行ったことや、同月中旬に中華人民共和国が中沙諸島だけでなく、南沙、西沙の両諸島にまで行政区「三沙市」を海南省の中に指定したことをきっかけとして、同年12月にベトナムで「中華人民共和国の覇権主義反対」などと唱える反中国デモが行われた[2][3]。

2008年1月に中華民国(台湾)が実効支配する南沙諸島最大の島である太平島に軍用空港を建設完成させる。滑走路は全長1150メートル、幅30メートル。その後、中華民国総統が視察に訪れ、フィリピン政府の抗議を受けた。

2010年3月にアメリカからスタインバーグ国務副長官とベイダー国家安保会議アジア上級部長が中国を訪れた際に、中国政府は南シナ海を『自国の主権および領土保全と関連した「核心的利害」地域と見なしている』との立場を、公式に通知したことが報じられた[4]。

主な島など [編集]



南沙諸島の島々における各国軍領有状況
太平島(中華民国(台湾)が実効支配)
南威島(ベトナムが実効支配)
中業島(フィリピンが実効支配)
万安灘
曾母暗沙


脚注 [編集]

^ 昭和14年3月30日付の台湾総督府令第31号により、新南群島が大日本帝国の領土として、台湾高雄市に編入した。昭和14年台湾総督府告示第122号により、新南群島中に於ける主なる島嶼は北二子島、南二子島、西青島、三角島、中小島、亀甲島、南洋島、長島、北小島、南小島、飛鳥島、西鳥島、丸島である。
^ 防衛省 平成21年版 防衛白書
^ ベトナムで異例の反中国デモ 南沙、西沙諸島領有権を主張 - MSN産経ニュース
^ “熱くなるアジアの海…中国が海洋権益宣言” (日本語). 中央日報 (2010年7月5日). 2010年11月6日閲覧。
関連項目 [編集]

南海諸島
中沙諸島
東沙諸島
西沙諸島
赤瓜礁
ミスチーフ礁
赤瓜礁海戦
米比相互防衛条約
尖閣諸島問題
中国人による沖縄県への認識
 

参考文献 [編集]

『豊富な資源めぐる広大な海域「三沙」めぐり、中越緊張』 産経新聞、2007年12月24日。
外部リンク [編集]

南沙群岛在线(中華人民共和国によるサイト)
「南沙群岛在线」の領土問題に関する箇所
ウィキメディア・コモンズには、南沙諸島に関連するカテゴリがあります。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97% ... 8%E5%B3%B6
Attachments
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Spratly_with_flags.jpg

Re: 南沙諸島(スプラトリー諸島)

Jul 30th, '11, 23:34

スプラトリー諸島海戦


スプラトリー諸島海戦(スプラトリー諸島かいせん、越:Hải chiến Trường Sa 1988?、1988 Spratly Islands naval battle)は、中華人民共和国とベトナムの間で1988年3月14日に行われた戦争。ベトナムが統治していた南沙諸島の赤瓜礁に中華人民共和国が攻撃をしかけ、中国の統治下とした戦い[1]。この海戦で赤瓜礁のほか、永暑礁、華陽礁、東門礁、南薫礁、渚碧礁と後に名付けられた岩礁または珊瑚礁を手に入れた。 この戦闘でベトナム水兵70名以上が死亡した[1]。



[編集] 脚注

[ヘルプ]
^ a b “Vietnam defends Spratly gas project”. ニューヨークタイムズ. (April 12, 2007) 2010年3月6日閲覧。
[編集] 関連項目

中越戦争
西沙諸島の戦い
[編集] 外部リンク

戦闘の映像

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9% ... 7%E6%88%A6

Re: 南沙諸島(スプラトリー諸島)

Jul 30th, '11, 23:35

太平島


座標: 北緯10度22分38秒 東経114度21分59秒 / 北緯10.37722度 東経114.36639度

太平島
各種表記
繁体字: 太平島
簡体字: 太平岛
拼音: Tàipíngdăo
注音符号: ㄊㄞˋ ㄆ|ㄥˊ ㄉㄠˇ
発音: タイピンダオ
英文: Itu Aba Island
表示
太平島(たいへいとう)は、スプラトリー諸島(南沙諸島)の北部に位置する諸島最大の島。別称は黄山馬礁がある。他の島と同じように中華人民共和国、中華民国(台湾)、ベトナム、フィリピンが領有権を主張している。

現在は中華民国が実効支配し、行政区画は高雄市旗津区中興里に帰属している。中華民国にとっては、この島はシーレーン防衛の要衝にあたり、警備のため軍人と警察官が常駐している。

目次

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1 概要
2 歴史
3 名称の由来
4 外部リンク
[編集] 概要

面積:0.43平方キロメートル
位置:北緯10°23'、東経114°22'。
気候:熱帯に属し南西モンスーンの期間は雨期になる
地勢:東西に長くて平たい島
軍事:中華民国(台湾)空軍による1150mの滑走路を有する。
[編集] 歴史

1907年:日本漁船が付近で操業開始。
1929年4月:日本人による太平島での硫黄採掘事業が開始。世界恐慌の影響を受け間もなく採掘は中止となり、日本の業者は離島。
1933年4月10日:フランス軍が太平島を占拠、日本人を退去させる。
1935年:平田末治と海軍省、台湾総督府が協力して開洋興業株式会社を設立
1935年4月:フランスが30名のベトナム人を太平島に移住させる。
1936年12月:開洋興業が硫黄採掘調査を実施
1938年8月9日:日本海軍により日本人の島内開発を顕彰する石碑を建立
1938年10月30日:日本海軍により守備隊及び台湾人労働者が太平島に派遣される
1939年4月:日本軍による太平島占拠が行われ長島と改名、高雄市の管轄とされる。海軍陸戦隊、気象情報部隊、通信・偵察部隊が駐屯
1944年:日本海軍により潜水艦基地が建設される
1945年12月12日:日本の敗戦に伴い中華民国政府は「南沙管理処」を広東省政府に設置。発電施設及び気象観測施設を修理
1946年10月5日:フランス軍による南威島及び太平島上陸が行われる。中華民国の抗議により両国で帰属を巡る協議が行われる予定であったが、ベトナム戦争の影響でフランスは会談を放棄。
1946年11月24日:中華民国政府は「中業号」「永興号」「太平号」「中建号」を派遣
1946年12月12日:太平島が広東省政府の管轄となる。
1950年:フィリピン民間人が太平島に進出、硫黄の採掘を行う
1952年:日華平和条約で太平島が台湾に帰属することを明記。
1956年6月5日:「南沙守備区」に改編され海軍陸戦隊の駐屯開始。
1960年9月9日:高雄郵便局の支局が設置される
1960年10月31日:測候所を気象台に昇格
1963年7月:郵便局が台北市郵便局の管轄に変更
1963年:行政印に「南海開発チーム」が設置
1968年:「南海開発チーム」が「南海資源開発所」に昇格
1967年10月:中国青年反共救国団「暑期育楽活動南彊遠航隊」が「南疆屏障」石碑を建設
1975年:中華民国政府がフィリピン、ベトナム、マレーシアに対し南沙諸島の領有権は中華民国に帰属するとの声明を発表
1980年1月12日:内政部地政司による「南彊鎖鑰」石碑の建設
1980年2月16日:行政院が太平島を高雄市旗津区に帰属させることを発表
1992年6月12日:内政部に「南沙チーム」設立準備委員会が設置
2000年1月28日:「海岸巡防署」が新設され太平島周辺の警備を管轄
2006年:台湾政府による1150mの滑走路建設開始。太平島の環境問題が注目されるようになる。
2008年1月25日:新空港完成
2008年2月2日:台湾の陳水扁総統が軍用機で上陸、島を視察。台湾総統の上陸はこれが初
[編集] 名称の由来

太平島の名称は1945年の日本の敗戦以降に命名されたものである。中華民国海軍の太平艦が現地に赴き接収事務を行ったことにより命名された。それ以前は「黄山馬峙」と称されていた。

中国語以外の名称としては"Itu Aba Island"がある。これはマレー語で「あれは何だ」という意味である。

[編集] 外部リンク

雲-南沙太平島(台湾)


「太平島」は、台湾に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。(ウィキプロジェクト 台湾)

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA% ... 3%E5%B3%B6

Re: 南沙諸島(スプラトリー諸島)

Jul 30th, '11, 23:36

南威島


南威島(なんいとう、Truong Sa Island)とは、スプラトリー諸島の中でベトナムが実効支配している島。他の島と同じように中華人民共和国、台湾、ベトナム、フィリピンが領有権を主張している。島の中にはベトナムが建設した空港があり観光地化している。

太平洋戦争中は日本軍が占領し、西鳥島と改名された。

[編集] 概要

気候-熱帯に属し南西モンスーンの期間は雨期になる


この項目は、ベトナムに関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97% ... 1%E5%B3%B6

Re: 南沙諸島(スプラトリー諸島)

Jul 30th, '11, 23:37

中業島


中業島(Thitu Island)はスプラトリー諸島にある一島。別称パグアーサ(フィリピン語で希望という意味)島。旧称三角島。スプラトリー諸島の中では、太平島に次ぐ2番目の大きさの島である。

現在はフィリピンが実効支配している。他に、中華人民共和国、台湾及びベトナムが領有権を主張している。2008年時点での人口は約300人(国軍将兵を除く)。島内には未舗装の1,400m滑走路をもつランクド飛行場がある。

[編集] 概要

面積:0.37平方キロメートル
地勢:三角おむすび形の平たい島。
[編集] 歴史

1968年:フィリピンの実効支配開始
「中業島」は、東南アジアに関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。(Portal:東南アジア)

この項目「中業島」は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない書きかけの項目です。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています。
このテンプレートは分野別のサブスタブテンプレートやスタブテンプレート(Wikipedia:スタブカテゴリ参照)に変更することが望まれています。
座標: 北緯11度5分35秒 東経114度28分60秒 / 北緯11.09306度 東経114.48333度

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD% ... D%E5%B3%B6

Re: 南沙諸島(スプラトリー諸島)

Jul 30th, '11, 23:40

中洲島


座標: 北緯10度23分10秒 東経114度24分49秒 / 北緯10.38611度 東経114.41361度

中洲島
各種表記
繁体字: 中洲島
簡体字: 中洲岛
拼音: Zhōngzhōudăo
注音符号: ㄓㄨㄥ ㄓㄡ ㄉㄠˇ
発音: ヂョンヂョウダオ
表示
中洲島(ちゅうしゅうとう)は、スプラトリー諸島(南沙諸島)の北部に位置する島。太平島の沖合い2.5kmに位置している。別称は中洲礁。

中華民国が実効支配しているが、中華人民共和国・ベトナムなどが領有権を主張している。

概要

面積―
気候-熱帯に属し南西モンスーンの期間は雨期になる
地勢―
外部リンク

「中洲島」は、台湾に関連した書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。(ウィキプロジェクト 台湾)

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD% ... 2%E5%B3%B6

Re: 南沙諸島(スプラトリー諸島)

Jul 30th, '11, 23:41

ミスチーフ礁


ミスチーフ礁または美済礁(英:Mischief Reef、中:美济礁 - ピンイン:Meiji Jiao)は、南沙諸島における海面付近に存在する浅瀬のリーフの1つ。中華人民共和国が事実上支配している。ミスチーフ環礁と表されることもある。

目次

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1 概要
2 地理・位置
3 資源
4 脚注・参考資料
5 関連項目
6 外部リンク
[編集] 概要

タガログ語でPanganibanと呼ばれ、過去フィリピンがこの領域をコントロール下に置いていた。1995年に中国は、フィリピン海軍がモンスーン期でパトロールをしていない時に、ここに建築物を建造した。この海域はパラワン州よりおよそ209 km(130マイル)と、フィリピンのEEZ内であった。この時期、ソ連崩壊後の米比相互防衛条約解消の流れから、1995年の共同軍事演習を最後に、在フィリピン米軍は撤退を完了していた[1] 。フィリピンはすぐさま中国に対して抗議を行うが、中国はこれに応じず、建造物は「自国の漁師を守るためのもの」であると主張した。

1998年末から99年にかけて中国が鉄筋コンクリート製施設を建設していることが報道され[2]、フィリピンのマニラで反対運動が起こる。

このリーフはベトナム語でĐá Vành Khănと呼ばれ、ベトナムも自国の領土であると主張している。

[編集] 地理・位置

フィリピン・パラワン州のあるパラワン島より西方向におよそ209km
Googleマップ上のミスチーフ礁の位置
[編集] 資源

2007年、中国農業部南海区漁政局は、漁民を組織し、いけす養殖のプロジェクトを開始。

[編集] 脚注・参考資料

^ 安全保障第102号(盛夏号)中国の海洋進出 財団法人日本国防協会
^ 「公海の自由航行に関する普及啓蒙」 国際経済政策調査会, 日本財団図書館
[編集] 関連項目

赤瓜礁
南沙諸島
[編集] 外部リンク

南沙群島在線 - 美済礁の写真など(中国語)
ミスチーフ礁の上空からの写真 oceandots.com(英語)

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F% ... 5%E7%A4%81

Re: 南沙諸島(スプラトリー諸島)

Jul 30th, '11, 23:42

赤瓜礁


赤瓜礁(あかうりしょう、英:Johnson South Reef ジョンソン南礁、中:Chì guā jiāo チーグゥァジァオ、ベトナム語:Đá Gạc Ma、タガログ語:Mabini)は、南シナ海の南沙諸島西北部の群礁(英:Union Banks and Reef、中:九章群礁)における海水面付近に突出している岩々を含む暗礁、または島。現在は事実上、中華人民共和国が支配し、海南省に組み込んでいる。

目次

[非表示]
1 概要
2 問題・批判
3 位置
4 脚注・参考資料
5 関連項目
6 外部リンク
概要

1988年3月14日、ベトナムが統治していた赤瓜礁を中国が攻撃した(赤瓜礁海戦)。その結果、中国がこの地を統治下とし、海面すれすれの岩盤の上に「高脚屋」[1][2]と呼ばれる木造の小屋を建てて領有権を主張した。後にはコンクリート等で建造物を建築し、「中国 赤瓜」、「祖国万歳」[3]の文字を掲げている。

2010年3月にアメリカのスタインバーグ国務副長官とベイダー国家安保会議アジア上級部長が中国を訪れた際、中国政府は南シナ海を『自国の主権および領土保全と関連した「核心的利害」地域』と見なしているとの立場を、公式に通知している[4]。

問題・批判

中国は、沖ノ鳥島は「岩」であり日本のEEZは認められないと主張しているが、赤瓜礁の状況は(中国側の主張における)沖ノ鳥島のそれと類似しているのではないかとの批判もある[1]。中国は赤瓜礁周辺に人工建造物を造成し、さらにそのうちの一つを人工島に改造して排他的経済水域(EEZ)の存在を主張している[1]。ベトナム側の報道によると本来、赤瓜礁は満潮時には海中に沈んでしまうとされているが、これが事実なら赤瓜礁は領土として認められないことになる[1]。

位置

座標:北緯9度42分50秒、東経114度17分10秒
脚注・参考資料

^ a b c d 埜口興平 (2009年11月10日). “沖ノ鳥島に「港」-カギはレアメタルと制海権” (日本語). JanJanニュース. 2011年1月19日閲覧。
^ “1988年中越南沙赤瓜礁海战:没有结局的尾声” (中国語). MSN中文网 (2007年12月12日). 2010年11月6日閲覧。
^ “中国南沙群岛 - 赤瓜礁图片” (中国語). 南沙群岛在线 (2005年7月1日). 2010年11月6日閲覧。
^ “熱くなるアジアの海…中国が海洋権益宣言” (日本語). 中央日報 (2010年7月5日). 2010年11月6日閲覧。
関連項目

南沙諸島
中越国境紛争
沖ノ鳥島
ロッコール島
外部リンク

Googleマップの衛星画像 - 建造物が確認できる。
南沙群島在線 nansha.org.cn (中国語) - 南沙諸島に関する中華人民共和国による紹介・画像・地図など

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4% ... C%E7%A4%81
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